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フィンランドの音楽教育について

 先日、知り合いの方からご連絡をいただき、速攻で申し込みをした「フィンランドの音楽教育―その躍進の秘密」をテーマにした講演とシンポジウムに参加してきました。
 前半はフィンランド国内唯一の音楽大学、シベリウス・アカデミーの学長、グスタフ・デュープシュバッカ氏による講演。テーマは「シベリウス・アカデミーの教育方針」で、フィンランドの教育システムから音楽学校のカリキュラム、アカデミーの基礎知識などなどを聞きました。後半はシンポジウム「フィンランドの音楽教育―その躍進の秘密」。パネリストはアカデミー学長と、上野学園の講師で音楽教育専門家の瀧川淳さん、シベリウス・アカデミーでの取材経験があるフリーライターの池田和秀さん、ピアニストでシベリウス・アカデミーの博士課程を卒業されている飯田佐恵さん。司会はピアニストの久保春代さんでした。それぞれの立場からフィンランドの音楽教育について語ってくださり、それがどれもこれもおもしろかった。

 まず前半のデューブシュバッカ先生による基調講演では、前述のとおりフィンランドの教育システムからアカデミーでの取り組みなどをお話されました。その内容を書いてみます(当日渡された資料より)。

・フィンランドの教育システム
・フィンランドの音楽教育システム
・フィンランドの音楽学校でのカリキュラムの典型例
・シベリウスアカデミーの基礎知識
・使命と展望
・学士と修士課程の典型例
・革新センター

 フィンランドでは、人口の18%が何らかの形で音楽教育を受けているそうです。全国に音楽学校(Music School)が89校あり、そのほか10の総合技術大学(Polytechnic)、9の音楽院(Conservatoire)があり、シベリウス・アカデミーは大学(University)で、音楽教育機関での最高府。そのほか音楽が科目にある生涯学習機関は約240もあるそうでうす。これらの機関は、国や民間の公的補助を受けて学校を運営しているため、生徒一人が負うことになる勉強にかかる費用は、他のヨーロッパ諸国に比べて17%と各段に少ない(ドイツでたしか40%超えだったと思う)、とのお話。
 フィンランドで音楽を学ぶのにもっとも比重が多いのは、個人レッスンだそうで、グループレッスンと比較するとその数値は96対4。細かい数値は忘れてしまったけど、ドイツでは個人レッスンが多いとはいえ、フィンランドよりはグループレッスンの比重が結構高かった記憶があります。
 さて、シベリウス・アカデミー。「使命と展望」を読み聞いて、なんだか胸にくるものが。資料から転載。

Sibelius Academy's Mission
The mission of Sibelius Academy is to cherish and renew all forms of musical culture. As a Finnish art university operating in an international setting, Sibelius Academy creates conditions for a hight standard of artistic activity, research and associated learning.
(シベリウスアカデミーの使命
シベリウスアカデミーの使命は、全ての形態の音楽文化を慈しみ、また新たにすることである。国際的な枠組みで活動するフィンランドの芸術大学として、シベリウスアカデミーは高度な芸術活動や研究、関連する学習のための環境を創造する。)

Vision 2012
Sibelius Academy is a prestigious international music university. It provides a high standard of education with its strong areas among the very best. Artistic activities, research and education at the Academy are based on nurturing tradition and renewing musical culture. Academy activities cross borders and are implemented in close interaction with the surrounding society.
(2012年への展望
シベリウスアカデミーは名門国際音楽大学である。最高の中でも得意とする領域で高度な教育を提供する。アカデミーにおける芸術活動や研究、教育は、伝統をはぐくみ音楽文化を新たにしていくことが基本である。アカデミーの活動は、国境を超え、周囲の社会との密接なかかわりの中で実施される。)

 これらに加えて、周りの環境との密接な関わりを持つことが3つめの重要な使命となっているそうです。
 はじめにこれらに目を通したときは、ずいぶんと高貴な使命のように感じたけど、アカデミーはそれを実践すべくさまざまな取り組みをしていることが徐々に分かってくると、これは使命というよりも、フィンランドの文化に対する、当り前のことを行うために掲げられたもののように感じました。

 後半のパネルディスカッションは、もっとさらに突っ込んで、実際に学生だった方やアカデミーを取材した方のお話を聞けて、これがすごくおもしろかった。
 学長も合わせて、この3人が一様に言っていたことは、「将来を見据えた教育」「実践的な教育」「自ら学ぶ教育」。

 池田さんが過去にアカデミーを取材した経験のお話を聞いてビックリしたのは、指揮科の学生は常にオーケストラを振って勉強をしていること。課題はハイペースで与えられるため、年間指揮する曲は(たしか)約60曲らしい。日本の音楽大学の指揮科がどんな勉強をするのか知らないけど、指揮科の学生とはいえ、毎週のようにオケを振れるなんて、これはものすごいことなんじゃないだろうか(ちなみにオーケストラのメンバーは、アカデミーの学生の中からオーディションで選ばれた優秀な人たちで編成されているんだとか)。
 飯田さんが博士課程で経験したお話を聞いてビックリしたのは、論文はもちろんのこと、博士課程の前にあるLicentiate課程で2回、さらに進んだ課程3回の計5回のリサイタル博士号を得るのに必須なんだそう。修士課程の学生でもリサイタルは3回開くとか、学生のうちに実際にコンサートを経験することが、どの学生にも課せられているという事実は、これまたすごいことなんでは。
 この2つは「将来を見据えた教育」「実践的な教育」を果たしており、学校を卒業してすぐの学生でも、即演奏家として活動できること、文化的活動ができることを意味していると思いました。「演奏家を育てる」というのはこういうことなのかもしれません。これはシンポジウムで出た話ではないけど、アカデミーの民俗音楽科では、学生同士で、またそれ以外でも、バンドを組んで活動することを学校側が非常に奨励している、という話を聞いたことがあります。だからなのか、アカデミーは学生たちのCDリリースにも手をかし、実際にアカデミーの名のもとにリリースされたCDがかなり出ています。これらはインディーズではあっても、世界中で活動を知ってもらうチャンスとなるわけです。わたしもそのうちの何枚かを持っていて、それのCDで知ったミュージシャンも多いです。なかなかCDを出すことなんて学生にはできないものだと思いますが、シベリウス・アカデミーではそれが可能であり、これもまた先の2つの教育の一環なのではないでしょうか。

 「自ら学ぶ教育」というのは、先生から「ああしなさい、こうしなさい」という教育(?)を受けるのではなく、自分でいかに音楽を表現するかということを考える力を養う、そういう教育を施しているようです。「教師は生徒に教えるものではない。音楽と生徒との間に教師が割って入ってはいけない」というのは、学長の言葉でした。先生が言われるがままに弾いてきた日本人学生が、いざ外国に出ると先生が何も言ってくれないからどう演奏すればいいのかわからない、というような話は今まで何度も聞いたことがあります。よく考えれば、音楽に正解はないのだから、自分で考えるのは当たり前です。最近の子供向けメソッドを見ると、自分で考えて演奏することを身につけさせるものが、少しずつ増えてきたように思います。この辺の話は書き始めると長くなるので割愛。

 ほかにおもしろいなと思ったのは、現代音楽が盛んだということでした。これは、普段フィンランドのある地方の伝統音楽を聴いているわたしには、ちょっとショッキングというか、大きな驚きでした。
 学長の分析によると、ドイツやオーストリアのように過去に偉大な作曲家を輩出した国の現代作曲家は、彼らを超える作品でないと、という思いが強いため、なかなか作品が生まれず、反対に、フィンランドはシベリウスという国を代表する作曲家がいるとはいえ、文化的には新しい国なので、過去の音楽にとらわれることなく現代音楽が生まれやすい環境だからではないか、ということでした。これには納得。
 アカデミーでは、作曲科と演奏科(という科はないけど、便宜上こう書きます)の学生のつながりを強化しようという取り組みがあるとおっしゃっていました。アカデミーの学生だった飯田さんは、実際に作曲科が作った実験的な作品の演奏をしたことや、知りあった作曲家の作品をコンサートで演奏した経験があったことをお話していました。また、フィンランドの作曲家ノルドグレンとピアニストの舘野泉さんとのコラボレーションで生まれた作品についても触れられていました。
 それにちょっと近いことで、学科間にあまり境界線がない、という話も。そう言われれば、JPPのAnti Järveläは民俗音楽科の学生だけど、ジャズ科の学生とバンドを組んでいたりすることを思い出したりしました。これは学科間の話ではありませんが、あるヴァイオリン奏者は、コンクールで優勝して以来300回以上もシベリウスのコンチェルトを演奏し続けて、ヴァイオリンをやるのがとても嫌になってしまったらしいんですが、民俗音楽を演奏するミュージシャンに交じってフィドルを演奏することによって、クラシックをやるモチベーションを維持しているという話は印象的でした。このような音楽を演奏することに境界線がないというのは、大きな力となっているような気がします。こういう環境が普通になっていると、「わたしはクラシック音楽の演奏家」ではなく、「わたしは“音楽”の演奏家」とサラっとみんな言っちゃうんだろうな。なんだかステキ。

 思いつくままにいろいろと書いてしまいましたが、社会での文化的な役割を果たし、提供していくこと、そのためにはどのようなことをすればいいのか、ということが理解、納得できた会でした。
 終了後に、このシンポジウムのことを教えてくださった飯田さんにごあいさつ。ほんの少しだけですが、学長とも話ができ(すごく気さくな人でした)、自分のモチベーションもあがり、いろいろと有意義な時間を過ごすことができました。

※10月16日 一部訂正

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