Kaustinen Folk Music Festival 2006 その2
9日 夜の大雨がウソのような晴れ。
カウスティネンに到着して、すぐに後悔したこと。それは『携帯電話を持ってこなかったこと』……! あーあ。
今日もまた電話をかける用事があったので、朝食前にホストのMOとMAに「この辺に公衆電話ってある?」と尋ねたら、見たことないとの返事。ま、マジですか……。携帯電話を持ってくるか散々迷ったとき、「隣が学校なんだから、公衆電話くらいあるでしょ!」と思って持ってくるのをやめたのに! するとMOが「事務所に行って電話使いたいって言えば、事務所の電話を貸してくれると思う」というので、とりあえずは行ってみることにして、食事。
朝食は長男のPを除き、わたしを含めた6人でいただく。このお家に滞在するのはわたしが一番のりで、これから徐々にやってくるらしい。三男で一番下のRは家族・親戚じゃない人が食卓にいることがめずらしいのか、何をしていてもわたしをじっと見つめている。笑いかけてみても真顔、手を振ってみても真顔だったけど。食事のあとMAとMOとしばらく話をしていたら、もういつの間にかお昼の時間。いそいそと支度をして12時30分ごろに家を出て、フェスティヴァルエリアへ。ダメもとでエリア近辺のスーパーなどで公衆電話を探してみたけど、やっぱりない。フェスティヴァルの事務所に行って電話を借りる。
なぜ電話をかけなければならないのかというと、実は日本で、フィンランドの作曲家Pehr Henrik Nordgrenに仕事でお会いした際、夏にカウスティネンのフェスティヴァルに行くと話しをすると(彼はカウスティネンに住んでいる)、来たら電話をしてきて、とおっしゃってくださったのだ。
無事にMr. Nordgrenと連絡が取れ、17時にKahvila-terassiで待ち合わせが決まる。そのときMr. Nordgrenに渡さなければならないものがあったことを思い出し、一度家へ帰る。忘れ物を持って、時間に間に合うように急いで会場に向かい、約束の場所へ。しかし、時間になっても現れず、しばらくKahvila-terassi周りをうろうろし、何度もあっちいったりこっちいったりしてたら、いつの間にか約束の時間を30分も過ぎている。おかしいと思い、再び事務所へ行って電話を借りてかけてみても反応がない。3回くらいかけなおしてみても、留守番電話に変わってしまう。どうしたんだろう、と不安になり、もう一度Kahvila-terassiへ。すると、わたしはずーっとお店の中ではなく、外で探していたんだけど、Mr. Nordgrenはお店の中にいるではないですか……。無事会えてよかった。「時間通りに着いてたんですけど、ずっと外で待ってたんです」と言ったら、「電話で、『(Kahvila-terassiの)テントの下で』って言ったでしょ、あれはつまり、お店の中でって意味だったんだよ」とおっしゃってたので、ひたすら待たせてしまったことを謝る。
しばらく二人でお話したのち、奥様にお電話なさり、わたしに電話に出ろとおっしゃるので、少しお話をする。奥様はカウスティネン唯一の日本人として、Mr. Nordgrenと同じくらい?有名な方。去年カウスティネンに来たときに「ここにたった一人だけ日本人が住んでるんだ」と教えてもらったことがあったのを思い出し、それがMr. Nordgrenの奥様だったのか、と納得。
奥様がいらっしゃるまでの間に、Mr. Nordgrenと一緒にいたご友人が、りんごの木をくりぬいてご自身で作ったというフィンランドの民族楽器(楽器名がわからない……)でパフォーマンスを見せてくれて、30分ほど楽しい時間を過ごし、奥様との待ち合わせ場所である入り口へMr. Nordgrenと移動。奥様と初対面を果たし、奥様を含めてKahvila-terassiで1時間ほど話をする。
その奥様と一緒に、アリーナでFriiti ja Lauriという、カウスティネンと関係の深いOjalaファミリー(もしJPPのString Teaseの楽譜を持ってるなら、最後のほうにある解説を見るべし)と、彼らがカウスティネンの音楽シーンに与えた影響がどんなもんだったかを、男性二人が演じるミュージカル仕立てにした演目(Maunoが指揮、もちろんフィドルを弾きながら)を見る。ステージの上には朗読をする初老の男性が一人、ステージの半分にはフィドル奏者たちがところ狭しと並び、フロアも半分くらいまでがフィドル、少数のハーモニウムとベースという、カウスティネン独特の楽器編成を崩さず演奏者たちが並ぶ。プログラムが開始すると同時に、男性の叫び声が聴こえてきたかと思ったら、ステージ下手側横の階段を坂道にして、そりに乗った男性が勢いよく滑り降りてきて、ステージ中央に登場したのには驚く。途中、楽団の中にいたMatti Mäkelä、Arto Järveläも中央へ出てきて、Maunoも含めた三人それぞれのソロ演奏があったり、テーブルが運ばれてきたと思ったら、
5人のカンテレ奏者たちがフロア中央へ出てきて演奏を行なったり、ステージの残り半分に合唱隊が登場して歌を歌ったり、カウスティネン出身の有名なカンテレ奏者(すでに亡くなっている人で、ものすごく有名なんだとか。名前失念! もしわかる方いらしたら、教えてください……)のために、カンテレ奏者以外の演奏者も客席も全員が立ち上がって歌を歌ったり、と盛りだくさんな内容。セリフは全部フィンランド語なので、完全に内容を理解することは残念ながらできず。でも奥様が途中大まかに話の筋を教えてくださったので、本当に大雑把な内容をなんとか理解。
このとき、奥様の隣に座っていたのは、元JPPのベーシストTimo Myllykangasで、二人は知り合いだったらしく、にこやかにいろいろと話をしている。ただ、途中でTimoはどこかへ行ってしまう。Timoが元JPPのメンバーだと知ってると奥様にお話すると、「紹介しよっか?」と言ってくださったのに残念(笑)。
終わったあと奥様と「また会いましょう」と約束をして、カウスティネン出身のフォークロックバンド、Snekkaのライヴを見るためCafe Mondoへ移動。ライブの最中に肩を叩く人がいたので振り向くと、昨年カウスティネンで知り合った友人が。別の人を通して、彼女はカウスティネンにわたしが来ることを知ってはいたけど、「ここにくればいると思ったの!」と言っていたのには笑ってしまう。趣味が似てるんだよね。久しぶりの再会を喜ぶ。
さて、Snekka。うーん、まだまだ若い。彼らのライヴを聴くと、良くも悪くもロック色が非常に強く全面に出ているので、根底にあるはずのフォーク色を感じることが難しく、ハマるまでにはなかなか至らない。去年はただ「??」と違和感だけが残っただけで深くは考えてなかったんだけど、今年は自分で分析してみた。その結果、ドラムとベースがいるからではないか、という結論。おそらくその辺が、彼らの音楽のジャンルを『フォーク・ロック』と位置づけているのかも。いままで聴いてきたのは、ドラムがあってもベースはいないとか、逆にベースがあってもドラムはいない、という編成ばかりで、ドラムもベースもいるという新しい音に、自分の耳が驚いてしまってるのかもしれない。ライヴではどうしてもドラムの音がよく聴こえてくるきらいがあるので、それとビートを刻むベースの音が合わさって、ロック色が強く出てしまってるのだ、という考えに至り、自分の中でやっと腑に落ちた。両方そろっていることがマイナスだと、まったく思わない。ただ自分が慣れてないだけだということで。演奏は、さすが2004年のカウスティネンのフェスティヴァルでEnsemble of the Yearに選ばれているだけあって、すごくうまい。とくにフィドルのTero Hyväluoma。
分析はライヴが終わったあとにしたものだったので、今度Snekkaの演奏を聴くことがあれば、また違った聴き方ができるのかも、と実はすごく楽しみ。チャンスがあることを祈る!
